DTM初心者のブログ

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自己紹介(途中から飽きてノベル風) その③

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30年しかない人生もブログで書いてみると、色々端折ってもまだ19年。 正直、学生の20歳までの人生は生かされていた部分もあるし、色々あったなぁ。と思うのは20歳超えてからの事。 もしかして、その7くらいまで行くかも笑 で、聞きたいんだけどこれ誰得?笑

同じ昭和のけつにうまれた世代は懐かしく、それ以降生まれた子たちは知らない名曲かもしれないので、こっからもその頃自分の中で熱かった曲を紹介していきますね

 

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予選から数日たち、そこから2週間しかない決勝にむけてモデル選定ほか準備がはじまった。

同じ思いをしている人なんて頭のどこかで理解しているのに、自分だけが主人公のような特別感をかってに自分に抱いていた。若さゆえ、と言ってしまえばそれまでなのだが、それゆえに、悲しみや辛みの反対は幸せではなく強さで、弱さの反対は幸せである事にまだ気付かなかった。

弱さゆえに、それを強さでカバーしようとして。

悲しみ辛みゆえに、幸せを勝手に恨んだ。

そんな、どうしようもない螺旋から予選の日気づいた事は

過去の自分の弱さを否定したいのに、過去に執着する自分の弱さの矛盾への理解が一歩進んだときでもあったのだ。

 

いざ、東京本選。

学校から手配されたホテルで最終的な仕込みをして、向かうは東京ビッグサイト

バイトをすべて休んで、2週間このためにつかった。

何かに集中するのに、仕事を2週間休むなんて、学生の時だからこそできた事。時間という理念は誰にも平等に見えるが、寿命で見る個体差、環境でみる時間を自分のために使える自由度は完全に不平等であり、そんな時間が多くあった事に感謝を覚えるのはもう少し後の事。

 

結果。

本選出場者は全員敗退。入賞者もおらず、学校的にいえば散々な結果だ。(ホームページなどで学校のブランド力をあげるのはこういう大会での入賞が一役かっている)

もちろん、悔しかったがそれいじょうに満足感があった。

たくさんの人がいて、狭い狭い一つの学校の中で順位を気にしていた自分は小さいなぁと思ったけど、それ以上に世界はもっと広い。とこれからが楽しみになった。

さらに、つい2週間前に覚えてしまった、アーティストとしての自己顕示欲の卵のようなもの。

人の為に何かをする、つまり髪を切って喜んでもらうという行為は好きだったがそれ以上に、自分は何かを生み出していく喜びや欲望があるのだと、薄々感じ始めた。

それゆえに、生まれて初めてだろう。2週間、時間で言えば336時間。没頭。寝食忘れて何か一つのものの完成を目指したのは。

大きな目標への道に、今まで段階とかを考えていなかった。

どうすれば、その目標に届くのか。 目の前の事に一生懸命になっていたのは、それを考えればおのずとわかる自分に足りないものが見えて来る怖さ故だったのかもしれない。

簡単に言えば、計画性が皆無だった。机上の空論までもたどり着けない、精神論だけで乗り切れると思っていた。

それは、何か目標一つに邁進できる促進力は強いものの、過程で一度も休む事を許さない持続性はないものだったと、その頃は気付かなかった。

なので、いつまでに、どのくらいのクウォリティで、仕上げるという、仕事上では当たり前のタスク管理をして、「完成」という目標にたどり着く事は、達成感に加え、たどり着けた自分への自信にもつながっていた。 なにより、思い描いたものとは限りなくゼロであり、行動して1になる。そして、短いスパンでも持続すれば、その数字は目標に必ず近づいていく。 その体感が、作品を創り上げることを通して、依存的な快感を与えた。

 

それからは、また日常が流れたがひとつの目標達成は自然と、最後の目標途中に、段階的目標を与えることを自分に課していた。

 

「世界に立つ美容師」なんて不純100パーセントの理由で掲げた目標だったが、目標が大きければ自分も大きくなるような気がしていたのかもしれない。その反面、どれだけ自分が何もないことをしっていたから、その為に足りないことと向き合うこと。薄っぺらな虚栄が許さなかった。  

中学2年、目標を持ったあの日から5年。 ようやく、0は1になろうとしていた。

Solo Piano

Solo Piano

  • ゴンザレス
  • ポップ
  • ¥1650

  ※激しめの曲も聞くけれど、おとなしめ。楽器も少なめ。特にピアノのディテールも録音されて、プレイヤーの息遣いまで聴こえてきそうなこのアルバムは、当時異色にプレイリストの中で輝いていた。 たしかジャケ買いだったけど未だに聞くと落ち着くわけでもない、ぞわぞわとするピアノの語りかけ。オススメの一枚。

 

専門学校二年生。 それは就活生をも意味する。

海外にフランチャイズ展開、もしくは、海外資本が母体の美容室チェーンを軸に2週間に一度、足も伸ばすことを許されない窮屈な夜行バスで東京に足を運び実際にその美容室を体験していた。

ただ、この大会以降それをするのをやめた。

研修旅行中に知った海外と日本の「求められるプロ」の違い。

それは、全く違うわけではなかったが、文化を理解せねば対応が遅れる部分が多かった。

卒業後、渡英。 その覚悟を決めた。 そのおかげで足りないものは明確になる。

技術。お金。語学。

正直なぜイギリスに向かおうと思ったか、それはあのヴィダルサスーンが生まれた国でもあり、ヴィヴィアンウェストウッドの生まれた国でもあり、ビートルズが生まれた国でもあった。 多くが生まれ、多くが世界を惹きつけ、多くがその環境になにかがあるのではと異国より集まる。

日本人が東京に集まるように、自然とイギリスを目指していた。

もちろんアメリカも案のなかにあったけれど、国自体が惹きつけられることがすくなかったので早々に候補から消えた。

 

正直、目先のテストや、国内での美容師資格取得もあったので、時間をお金に割く訳にはいかず、卒業後にその目標は後回しにした。 すぐに地肉にできそうなのは語学と技術。 技術はまがりなりにも身につけてきたつもりだ。教えを請うためにはいった学校で、教えを乞うことをしなかったのでだいぶ効率は悪かったが。過ぎたことは仕方がない。

高校受験以来、勉強という勉強をしていなかったが英語のボキャブラリーだけは増やしていた。 ただ、話す英語とペーパーテストでの英語は違うとよく聞いていたし、実際旅行で自分の発音が通じないこと、相手が何を言っているかまったく聞き取れないこと。 中学から高校、6年間の間にならった英語とはなんだったのか、と。大学卒業をしても話せない人が溢れる日本の理由がなんとなくわかったような気もした。

ともあれ、語学に於いても、強化すべき点は見え、技術もプライドをすてて全てを吸収する。その方針が、覚悟が自然に固まった。

 

なんでもそうだが、「無くしたものは見つかる事があれど、捨てたものは見つからない」。これは、「るろうに剣心」という漫画にででてきた、私にとっての名言なわけだが、「捨てたものは見つからない」だけとるとネガティブに聞こえるかもしれないが、「一度捨ててしまえば楽になる」ことも示唆している。

それの典型が「見栄」である。

プライドと、見栄の線引きは人それぞれだとしても、この時わたしが持っていたのは、経験や体験で得た訳でもない、頭の中で、ほんの中で人から聞いた、自分にあるはずのないプライドを見栄とも知らず、ぶら下げていただけのもの。

何故か捨てるのは難しかった。 しかし、一度捨ててしまえば世の中にすごいものなどなく、すべてに敬意を払えるようになった。

 

どこかバカにしていた、「普通」の道を歩く人たち。

普通に育って、大学をでて、会社につとめ、結婚をし、子供を授かり、立派に育て上げ、引退した後も仲睦まじく過ごし、涙の中息を引き取る。

こうやって羅列すれば、どこにでもあるような人の人生にも思える。

でも、それは普通では達成できない。

思ってみれば、公立の学校を12年過ごしていたからというのもあるが、家庭環境はそれぞれ。 

実際、自分の家庭も父はいない。 

中学の途中で学校に来なくなるもの。

高校中退するもの。

大学に行くために努力するが、入ることがゴールでその先の目標がないもの。 逆に、どこに普通の人がいるのか疑問だった。

 

小学、中学、高校、専門と過ごして、今でもちゃんと連絡を取るのは片手で足りる人数。 

これは私の交友関係の狭さも関係しているわけだが、その中で何百人と関わりを持っただろう。 

その薄い記憶で、どの人をたどってもきっと普通になんてたどり着けないんじゃないかと。 

それぞれ、生きるというだけで、そこには葛藤があり、変えられないものがあり、弱さがあり、強さがあるのだと。

 

自分を過大評価して、普通でないことで見栄をはるのはやめよう。

ただの、人間一人が、生きてく上で少し違う夢を見たとしても、強さも弱さも変わらない。

自分を普通以下かもしれない。努力しないと普通にさえ届かない。

 

そう気付いた学生最後の半年。 凡才であると自覚し、肩の荷が下りた反面。凡人であるが故に、この先一筋縄ではいかない。 ただ、誰にとっても主人公であるそれぞれの人生を敬い、その中で出会う人すべてに敬意を払おう。その方が楽しい人生になるとそう、自然に思うようになっていた。

 

そこから、あっという間に過ぎた半年。

すべてがあっという間だった。 実際に話す機会など訪れなかった英語がどの程度伸びたのかなど知る由もなく、買った教材が積み重なった。

 微力ながら頑張った貯金だが、都内に引っ越すお金で無くなりそうな額。

卒業後の第一の目標は「お金を貯めること」赤鬼を始め、周りの人が就職先に東京を選ぶが自分は、止む無しとフリーターに決めた。

考えが変わって、技術の習得率は効率を含め上がっていた。と思う。

 

卒業前最後の校内テスト。

意気込みはあったが、鳴かず飛ばずの結果でも、そこにある技術は変わらないし、1位をとるという気負いはなかった。もう、半年前のあの日から、順位表を確認なんてしなくなっていた。 

どこが悪かったか、だめだったかは自分でわかるし、それを確認するのは順位表ではなく先人の知恵だった。

 

最後のテストも終わり、日常を過ごし

その日は放課後の掃除当番だった。

順位表が張り出されている。

いつものように人が群がっていて、机を移動できず困っていた。

一人の女性生徒が見終わり振り返りぶつかりそうになる。

 

「ぉ、ごめん! あ!白鬼くんやん! おめでとう!」

 

なんのことかは一瞬わからなかった。

でも、ふと順位表に目をやる。

 

一位  白鬼

 

 

「ふふっ」っと思わず笑いがこみ上げ首をかしげた。 

狙った時に取らせてよ、神様。

でも、有終の美といえば聞こえがいい。

まぁ、あれだな。神様、gj。

  ※学生時代後半、ジャズスタンダードや、ジャズヒップホップ、そこらへんのさらにインストメインで聞いていた。ボーカルソングが、通学や通勤で物思いに更けたいときなど邪魔なときがあったのでそっちに流れる。ソニーロリンズは伝説のサックスソリストだが、出会ったのはこれもジャケ買い。演奏している本人の楽しさが伝わる一枚。 本人のことも調べるうちに好きになっていきました。

 

 

 

続く。。。。(やっと専門学生時代終わるよ。。。こっから俺あと9年生きてるからね?しかも、まだ音楽初めてないからね?誰得なの)